Painted by Gaku Yanagisawa
柳沢 ガク
そうですねぇ、
あれは確か中学生の終わり頃でしたかねぇ。
母と姉との三人で二階建ての文化住宅で暮らしていました。
三畳ひと間の僕の部屋のがらり戸を開けると、部屋と同じだけの三畳のベランダがあった。
それなら六畳ひと間にして欲しかったな~と良く思ったものですが、そのベランダが人生初のアトリエになったわけです。
とは言っても明確な目標があったワケでもなく将来を見据えてというワケでもなかった。
とにかく持て余すほどの時間と常に爆発しそうな好奇心の行き場にしていただけかもしれない。
そしてその頃、昭和から平成へと時代は変わろうとしていた。
レコードやカセットテープが、CDやMDといったものに変わり始めた、そんな頃でしたね。
当然の事でしょうけど多くの人はそんな新しいものに移行して行くわけです。
必然的に街は不用品で溢れた。
その行き場とは、月に一度の市区町村の回収日が一般的だった様に思います。
その『大ゴミ』と呼ばれる回収日こそが貧乏学生にとって、それはもう夢の様なビッグイベントだったんです。
特に年末の大掃除の後なんかは、いつもの空き地が今で言うリサイクルショップの様でしたから。
それもそのほとんどが、ちょと手当すればまだまだ使えるという、言わばUSED品であって、しかも多くの人にとってはゴミなわけですから当然ライバルも限られる。
おまけにぜ~んぶタダ、ゴキゲンでしたねぇ〜
それらを持ち帰っては修理して再生し、見た目も自分好みに改造する。
とにかく自由、ただただ想像し創造する。
それでも自ずと形式やルールの様なものも自分の中に生まれる。
だから切って貼って削って塗ると言う様な一連の流れも誰から教わるワケでも無くいつのまにか自然に覚えた。
郷に入れば郷に従えと言うか、習うより慣れろと言うか。
楽器やサーフィンなんかもそんな感じで覚えましたねぇ。
その方法が合っているとかいないとか、それをする意味や理由なんてことよりも、とにかく五感と手探りだけを頼りに無我夢中になる。
それが楽しくて仕方なかった。
それに何より肌に合ったのは、世の中が進化したことで退化して行く『ムダ』とされた物へ、自分の手によって再び息を吹き込み生まれ変わるという、この『ムダ』が無くなる図式にすごくハッピーになれた。
うまく言えないけど、発見することの喜びはいつもキラキラしていてる子供の瞳に似ている。
それは見たこともない現実と自分の中にある常識がひとつになった時。
僕にとってゴミの山から学んだ多くのことは計り知れない。
それからは沢山のご縁があって、板金加工やFRP制作、大工仕事や農林業などを通じて色々な人や道具と材料に親しみ、気がついたらその筋のスペシャリストと呼ばれる人達から、また多くを学ばせていただける様になった。
それはものづくりだけではなく、今まで自分が経験してきたすべての分野で言える。
今自分の中で色々な事がリンクしていってるのを強く感じて本当に嬉しい。
好きなことを続けて行くには大変なことも実際多いけれど、それでも同じ様に続けている人達に出会った時、間違っていなかったんだと本当に励みになる。
作る側もお客さんも、演者も同業者もない。
シンプルに好きだと思う気持ちだけを感じ取れることが素直に一番嬉しい。
「ヤナギセイサクショ」では、スタッフのみんなと共にアイデアを出し合って互いに高めながらも、それぞれが『夢中になれる制作』を意識し合って行きたい。
そしてそれぞれがまだ知らない自分を発見したりそこからまた発信できる自分になって、より一層、楽しいことが好きな人達の元へ届いてくれたら本望です。
ガク
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